「天国」と「地獄」は本当にあるのでしょうか?
兵庫県川西市&宝塚市のカウンセリング☆メンタルケア&ヨガ・やさしい光 ~転職、人間関係、パニック障害、うつ病、発達障害の悩み、苦しみを解消し、幸せを見つけ、リラックスできるヒントを全力でサポート!~
転職を10回して、人間関係、ノルマに苦しみ、悩んだ末、発症した、うつ病&パニック障害、 会社や周囲の人のせいにしたり、自分を責めたりしました。 自分に合った企業へ転職したいのに、なぜかさらに厳しいブラック企業に入ってしまうのです。 私と同じように悩んだり、困っている方へ少しでもお役に立ちたいという真剣な想いから、 心機一転し、新たにカウンセリング・サービスを立ちあげました。
人間って死んだら、どうなるんだろう?
と子供の頃、思ったり、口に出したりした事ありませんか?
と子供の頃、思ったり、口に出したりした事ありませんか?
そんな子供心の疑問や恐怖は、
そのまま天国と地獄というような想像の世界へと
つながっていきます。
では、あなたにお尋ねします。
子供じみた質問ですが、天国と地獄は、
本当にあるんでしょうか?
子供の絵本に描かれているような、
人間が想像、イメージの世界を
前提にした場合、その答えは、
"あると言えばあるし、ないと言えばない"、です。
決して、あなたをバカにしているわけではありません。
このような答えを提示したカラクリは、
個人それぞれの"想念の違い"から生じているのです。
まず、"死ぬ"という状態の定義の違いにもよりますが、
私も今生で体験したわけではないので、
確信として言える事ではありません。
しかし例えて言うと、永い眠りについていながら、
意識の自覚がある状態、わかりやすく言えば、
肉体から離れてしまっているから、
どこにも戻る事ができず、
夢を見続けている状態と言えるのではないでしょうか。ここで言っている夢とは、
生前にご本人が持っていたさまざまな想い、
つまり"想念"を指しています。
さらにその領域は、4次元、5次元とも
言われているような、この3次元と異なり、
より精妙な波動領域で、平安、静寂、光に満ちた、
言わば平和な世界なのです。
亡くなった方は、生前にどのような"想念"を
持っていたかで、同じような波動と
共鳴しあう領域に集まるという傾向を
生み出していきます。
具体的に言えば、
具体的に言えば、
生前に怒り、憎しみ、悩み、苦しみ、迷い、
恐怖などに満ちた思いのまま亡くなれば、
やはり同じような方々の波動とよく共鳴しあい、
集まってしまうのです。
以前書いたブログで、母の自殺に関連して、
黎明という本の一部を引用した事があり、
今回の記事とも繋がりますので再度掲載します。
やはり同じような方々の波動とよく共鳴しあい、
集まってしまうのです。
以前書いたブログで、母の自殺に関連して、
黎明という本の一部を引用した事があり、
今回の記事とも繋がりますので再度掲載します。
自殺はあらゆる側面から考えて
割に合わない選択であることを
多くの方々に知っておいて頂きたいと思います。
自殺に追い込まれる人はほとんどの場合、
自分が置かれている状況にそれ以上は耐えられない
と思い、解決する術が見つからず、
死ぬことでこれらの状況から生じる
義務や精神的苦痛から逃れると考えますが、
実際には肉体から離れても意識は存続していますから、
地上にいた時の苦しみに満ちた精神状態を
そのままアストラル・レベルに持ち込むことになって、
事態は一層厳しいものになってしまいます。
アストラル・レベルでは肉体というフィルターがないので、
自殺に追い込まれた時のような否定的な感情が造り出す
苦しみは想像を絶する強烈なものになりますし、
否定的な波動によって生じる真っ黒なオーラは、
本人に外の世界を正しく見えなくさせるだけでなく、
次章で詳しく説明しますように、
外部からその人を救おうとする救助者の接触を
非常に難しくします。
精神階層でいったんこういう状況を
造り出してしまいますと、
本人がそのことに気が付かない限り、
その人の環境は変わりませんので、
不必要に長い期間にわたって同じ状態に留まり、
自らを責め苛む不毛な行為を続けることになります。
勿論、永遠の時間の観点からは、
完璧な自然法則がはたらいていますから、
このような自殺者もいつかはこうした低い波動領域での
浄化を終えて、地上もしくは他の天体に
再び転生してくることになりますが、
大抵の場合には本人の魂が、
前の転生で学ぶはずだった課題を
もっと厳しい条件の下で
やり直す人生の再設定を行いますから、
自分の果たすべき責任からは
決して逃れることはできません。
天国とも観れるため、"天国はある"、という解釈になるのです。
"あると言えばあるし、ないと言えばない"
という事になるのです。
という事になるのです。
結論として、"想念の在り方"がとても重要、
という事になります。
長いようで短い人間の人生、
という事になります。
長いようで短い人間の人生、
日頃から、自分が創り出す"想念の在り方"に
注意深く内観し、真の幸せと喜びに満ちた
ポジティブな"想念"で在り続けたい、
このような概念に尽きるように思われます。
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