生命の大切さの本質を識っている仕事って本当にスゴイ!

兵庫県川西市&宝塚市のカウンセリング☆メンタルケア&ヨガ・やさしい光 ~転職、人間関係、パニック障害、うつ病、発達障害の悩み、苦しみを解消し、幸せを見つけ、リラックスできるヒントを全力でサポート!~

転職を10回して、人間関係、ノルマに苦しみ、悩んだ末、発症した、うつ病&パニック障害、 会社や周囲の人のせいにしたり、自分を責めたりしました。 自分に合った企業へ転職したいのに、なぜかさらに厳しいブラック企業に入ってしまうのです。 私と同じように悩んだり、困っている方へ少しでもお役に立ちたいという真剣な想いから、 心機一転し、新たにカウンセリング・サービスを立ちあげました。

皆さんは最初にこのタイトルを読まれて、

どうな仕事なのだろう、

と思われませんでしたか?


ごく普通に考えたら、

お医者さん、看護師、保健師、

獣医師、消防士、救命士とか、

医療や緊急を要する関係者が頭に浮かぶと思います。


確かに人間や動物の生命という視点からすれば、

そうなります。


今回、登場する、生命の大切さの本質を識っている

仕事の方というのは、「植木屋さん」です。

そう言えば、私も昔、植木屋さんと同業の

「樹木医」になりたいと思った時期があり、

通信教育を受講したことがありました。


その時は職がなく、失業していた時期だったので、

一時の憧れに近い感じだったので、

結局、長続きはせず、挫折してしまいました。


しかし、不思議なもので、確かに通信教育は、

挫折したのですが、まだ未練があったのか、

それとも何かの役に立つと思ったのか、

あるいは、捨てるには、もったいない、

と踏ん切りがつかなかったのか、

テキストはしばらく保管していました。


そんなことでさえ、後々自宅の小さな庭の

植物に関することで不明な点があれば、

わざわざ保管している家の外にある

物置まで足を運んでいました。


それでは、何で植木屋さんなのか、

私なりの見解となりますが、

よろしく、おつき合い下さい。


私の勤務しているマンションは、

建物の内外に多くの木々があり、

緑豊かな環境がひとつの売り物です。

その緑の環境を維持管理するには、

当然のことながら、人手と費用が

かかります。


先日、いつもメンテして頂いている

植木屋さんの担当者の方と電話で

仕事の打合せをしている時、

とても大事なことを教えて頂き、

目が覚めた思いをしました。


それは、どういうことかと言いますと、

"植物に対する思いやりの心"でした。


相手の方が植木屋さんなので、

当たり前のことがもしれなかったのですが、

私にとっては、なんとも言えない

"温かな気遣い"が十分伝わってきました。


どういうことかと言いますと、

メンテの作業の1つとして、

「剪定」という枝切りの作業があります。


細い枝から、太い枝まで、

あらゆるサイズのものを、

専用のハサミやのこぎり等、刃物を使用した

「剪定」という作業があります。


この時、植物には強烈なストレス、

負荷がかかるそうです。

植木屋さんでも、その時、一瞬でも迷いが

生じる時があるそうです。


「殺さずに生かし、美観をも考慮した最善の剪定」

「生かすも殺すも、自分の判断、手先次第」

という複雑な想いが心の中に湧き上がり、

緊張感が全身に走るそうです。


ついつい木の剪定ぐらいで、

そんなに真剣になることもないのでは?

と思われる方もいるようですが・・・


しかし、私自身も以前に書いたブログで

書きましたように、タケノコや若竹の剪定作業で

悩んだ経験がありましたので、

共感を得るところがありました。

長年、経験を積んできたプロの方の言葉には、

やはり、重みがあり説得力を感じます。

お話を聴きながら、植物に対する底知れぬ

温かく思いやりの心、愛情をヒシヒシと感じ、

納得しないわけにはいかない心境となりました。


やっぱり、植物もこの地球上で私達人間と同様に

大切な生き物なんだ」

そんな想いが心の底から自然と込み上げてきました。


偶然にも"神の仕組んだ計らい"なのでしょうか?

数日後、マンションのある居住者の方、Sさんから、

こんなお話がありました。


「部屋の前にある大きな木を剪定する予定に

なっているけど、(目障りなので)思い切り切って欲しい。」


私はすかさず、

「あの木は老木とは言え、まだ生きております。

 過度に剪定すると枯れることもあります。

 現場で作業している植木屋さんが、その加減を

 熟知しているので、とにかく植木屋さんに

 お任せ下さい。」

と返答しておりました。


Sさんは、私の話を聴き、納得して頂きました。


Sさんに限らず、ご自分の考えや都合を

優先されようとする方は、結構いらっしゃいます。


マンション管理を委託され、

公平な立場にある私からは、

当然のことながら、善と悪の判断はできません。

そして、"大いなる自然の存在"、

つまり、本質的な視点から観ても、

善と悪の区分けなど、もともと存在しません。


これら一連の流れを振り返って、

私なりに学んで思ったことがあります。


真実の視点から観ると、

"生命の大切さは、木(植物)だって人間と同等だ"

ということです。


日本語の語源である、大和言葉には、

「同音同根性」という古来からの解釈があり、

"木(き)=気(き)、つまり、エネルギー"という意味もある、

ということも付け加えたいと思います。


おそらく、そのくらい大切な言葉の意味が

木(き)には込められているように思います。

奥深い意味を知れば知るほど、

エリを正したくなるような、気の引き締まる想いが

致します。


改めて、私がこのような環境の中で、

仕事ができることは喜びとともに、

感謝の気持ちが湧いてきます。


同時に私が、その場に居ること自体が、

今、天から与えられた役割であることが、

実感として噛みしめております。


この度の「植木屋さん」との関わりは、

人間社会での仕事という一般的な考え、

常識を超えた特別な感覚を持てたように

思います。


最後は、胸の辺りが熱くなり、

感謝という気持ちを通り越し、

「ただ、愛しかない」

そんなシンプルながら、深遠な想いだけが

心の中に静か在りました。



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